結婚して当たり前の昭和世代。平成、令和世代は選択の時代。結婚したい、一人で居たい、いい人がいれば、結婚できない収入、多種多様の時代になっている。昭和世代の私が息子たちの生活を見て気づく違いがある。
- 共稼ぎが当たり前
- 父親が赤ちゃんを抱っこ
- 結婚年齢が20歳代から30歳代に移る
結婚は出会いである。出会いは運命かも知れない。結婚相手を求めても見つからない場合が多い。妻たちの感覚では子どもが二人いれば一人が結婚すれば御の字だそうだ。私の家族では長男が結婚して家庭を持っている。次男は独身でやりたいことをやっている。結婚したいらしいがまだ出会いがないようだ。親としては次男も結婚して違った世界を体験してもらいたい。
独身と夫婦、そして、家族での生活は明らかに違う世界になる。結婚して子どもができれば、子供の成長を楽しめるという機会を持てる。
ただ、結婚しても子どもが出来ない夫婦も増えている。そんな夫婦はペットを自分たちの子ども代わりにする傾向がある。

私が20歳代の頃、28歳頃結婚できれば良いなあ!と思っていた。実際に28歳で結婚した。妻は24歳。その頃は女性の結婚が25歳を過ぎるとクリスマスケーキのように結婚する年齢の価値が下がると聞いた。今は、女性にとって35歳を過ぎたら危ないらしい。
目次
「明治は遠くになりにけり」から「昭和は遠くになりにけり」!
昭和、平成、令和と生きて来ている。令和に生まれた若者は昭和の時代をそうとう昔の時代という印象を持っている。昭和に生まれた私が明治の時代を思うと同じように感じる。自分はそれだけ歳を取ったということである。
結婚観も年号の違いで変わってきている。
「皆婚社会」の昭和時代
私が米国の大学を卒業して会社勤めを始めて数年経ってから間接的なお見合いをさせられた。親の顔を立てて一度相手とお会いしたが、それで終わりにさせた。留学生活で米国流の結婚感を学んでしたので結婚の相手は自分で探すと決めていた。
せっかく日本に帰国したので独身貴族を味わった後に結婚したいと思っていた。それまでは色々な女性とお付き合いをしたいと思い、デートをしていた。派手な女性が好きであったのでそのタイプを狙ってデートを申し込んでいた。
年上の女性は対象外で自分の年令よりも3歳ぐらい下の女性を探してデートしていた。米国のデートの仕方をそのまま日本に持ち込んで積極的にアプローチをした。虫がついた綺麗な女性にアプローチしてデートに誘った。虫というのは付き合っている人のこと。虫がついていない女性は魅力がないという感覚である。
魅力的な女性ほど色々な虫がつく。そんな女性でないとデートに誘う価値がないという米国流のデート感覚である。
昭和時代(1926年〜1989年)の結婚観は、平成や令和とは大きく異なる。「誰もが結婚して一人前」という「国民皆婚(こくみんかいこん)」の価値観が社会全体を強く支配していた時代であった。
終戦後の高度経済成長期を中心に、社会の標準とされた結婚観の特徴はこんな感じである。
「国民皆婚」と適齢期プレッシャー
昭和においては、結婚は「個人の自由な選択」というよりも、「大人としての当然の義務・責任」と捉えられていた。
- 適齢期の存在:男女ともに「結婚適齢期」が強く意識された。特に女性に対しては「25歳を過ぎると売れ残り(クリスマスケーキに例えられることもあった)」といった厳しい世間の目が存在した。
- 低い未婚率:50歳時の未婚率は男女ともに数パーセント程度に過ぎず、大半の人が20代のうちに結婚していた。
お見合いと「職場の世話焼き」による高い婚姻率
昭和の結婚を強力に支えていたのは、個人の恋愛力ではなく、周囲の環境やコミュニティの介入であった。
- お見合い文化の全盛:昭和中期まで、お見合い結婚が主流であった(昭和30年代以降、徐々に恋愛結婚が逆転していく)。
- 上司や親戚の仲介:職場の直属の上司や近所のおばさんが「世話焼き(仲人)」となり、お互いの条件に合う相手を紹介して結婚まで世話を焼くシステムが社会的に機能していた。
「男は外で仕事、女は家庭」という性別役割分担
高度経済成長を支えた「企業戦士」と「専業主婦」の組み合わせが、理想的かつ標準的な家族モデルとされた。
- 男性(大黒柱):残業や転勤をいとわず働き、家族の経済基盤を一人で支えることが求められた。
- 女性(専業主婦):結婚や出産を機に退職(「寿退社」)し、家事・育児・親の介護を一手に引き受けることが標準とされた。
「家」の存続と世間体の重視
戦後の新民法により法的には個人の意思による結婚となったものの、昭和の現場ではなお「家同士の結びつき」や「世間体」が色濃く残っていた。
- 家柄や身元の確認:結婚に際して興信所(調査会社)を通じて相手の家柄や家族関係を調べることが珍しくなかった。
- 離婚に対する強い忌避感:離婚は「家門の恥」「根性が足りない」とみなされ、どれほど夫婦関係が冷え切っていても世間体を気にして耐え忍ぶことが一般的であった。
昭和の結婚観は、個人に一定の不自由さや圧力を強いるものであった反面、「誰でも社会の枠組みに乗っていれば家族を持てる」という強い安定感と再現性を備えた時代でもあった。
私が結婚する時、相手の過程は興信所を使って私の家系や近所の評判などを調べていた。それが当たり前のようだった。個人同士の自由恋愛であったが、現実は家と家との結びつきである。
未婚化・晩婚化の平成時代
平成時代(1989年〜2019年)は、日本の結婚観が「国民皆婚の時代」から「個人の選択の時代」へと最も劇的に大きく変化した30年間であった。
昭和までの「年齢が来たら結婚するのが当たり前」という価値観が崩壊し、現代の未婚化・晩婚化の基礎が作られた時代と言える。主な変化の特徴は以下の通りである。
「皆婚社会」の終わりと未婚化・晩婚化
平成の30年間で、50歳時の未婚率は激増した。
- 50歳時未婚率の推移
- 1989年(平成元年):男性 約5.6% / 女性 約4.3%
- 2015年(平成27年):男性 約23.4% / 女性 約14.1%
平成初期までは「大半の人が結婚する」のが前提であったが、平成が終わる頃には「結婚しない人生も珍しくない」という認識が定着した。
見合い結婚の衰退と「婚活」の誕生
昭和中期まで一定の割合を占めていた「職場や親戚の紹介によるお見合い」や「上司の仲介」が激減した。
- 受動的に待っていても結婚できる仕組み(お見合いや身内の世話焼き)が消失した。
- 2000年代後半(平成20年前後)には「婚活(結婚活動)」という言葉が生まれ、自ら能動的に行動しなければ結婚に至らない時代へと変化した。
理想の相手像の変化(「三高」から「三平」「四低」へ)
景気や社会情勢を反映し、求める条件が大きく変わった。
- 平成初期(バブル期〜余韻):「三高」(高学歴・高収入・高身長)
- 平成中期(リーマンショック後):「三平」(平均的収入・平凡な容姿・平穏な性格)
- 平成後期:「四低」(低姿勢・低リスク・低依存・低燃費=無理をさせない、共働きに協力的)
景気の低迷に伴い、高望みよりも「安定」や「価値観の適合」「価値観の一致による生活の維持」が重視されるようになった。
共働きの定着と「家事分担」への意識
平成の間に、専業主婦世帯と共働き世帯の数が完全に逆転した。
- 1990年代半ば(平成7年前後)を境に共働き世帯が専業主婦世帯を上回った。
- これに伴い、男性にも「家事や育児の分担」が求められるようになり、「男性が外で働き、女性が家を守る」という固定的な性別役割分担意識が徐々に薄れていった。
このように平成時代は、結婚が「絶対的な社会規範」から「個人の自由な選択肢(ライフスタイルの一つ)」へと捉え直された時代であった。
同類婚(年の近い結婚)の令和時代
令和時代における結婚観は、平成時代に加速した「個人の尊重」や「多様化」をベースにしつつ、より現実的で対等なパートナーシップ(共同経営)へと進化している。
平成が「結婚するかしないか(選択の時代)」だったとすれば、令和は「いかに無理なく、リスクを抑えて共に生きていくか(現実解の時代)」と言える。主な特徴は以下の通りである。
年の差婚から「同類婚(年の近い結婚)」へ
平成までの「高収入の年上男性と若い女性」という年の差婚モデルは大きく減少した。
- 同世代志向の強まり:価値観、金銭感覚、子どもの頃の話題や感覚が近い同年代同士(年の差2〜3歳以内)で結ばれるカップルが主流となった。
- 「対等さ」の重視:年齢差が大きいと生じがちな「主従関係」や「依存関係」を避け、フラットに話し合える関係が好まれる。
大黒柱モデルの終焉と「世帯年収・共同経営」意識
「男性が稼ぎ、女性が家事をする」という概念はほぼ消失し、結婚を「二人で家庭という事業を営む共同経営」と捉える意識が定着した。
- 完全な共働き前提:男性一人の収入で家族を養うリスクを避けるため、男女ともに相手の就労意欲や経済的な自立を重視する。
- 家事・育児の完全折半:男性側にも料理や洗濯、育児を主体的にこなすスキルが強く求められる。「手伝う」ではなく「当事者として担う」意識が不可欠となっている。
「出会いのデジタル化」と婚活の日常化
合コンや職場の縁による自然発生的な出会いが激減し、テクノロジーを活用した出会いが当たり前となった。
- マッチングアプリや結婚相談所の一般化:出会いの手段として「アプリ利用」が上位に定着し、警戒感や恥ずかしさはほぼなくなった。
- 効率性とタイパ(タイムパフォーマンス):あらかじめ年収、趣味、価値観、家事分担の考え方などのプロファイルを共有・確認したうえで出会う効率的なスタイルが定着した。
「自立した一人」同士が寄り添う関係
「一人では生きていけないから結婚する」のではなく、「一人でも十分に生きていけるが、二人の方が人生がより豊かになるから一緒にいる」という価値観が根底にある。
- お互いの自由や趣味の尊重:結婚しても個人の時間や個人の財布(夫婦別会計)、趣味を完全に手放さないスタイルが増加している。
- 「生活のストレスがないこと」が最優先:条件の良さや世間体よりも、「一緒にいて気を使わないか」「話し合いが成立するか」という精神的な快適さが第一に評価される。
総じて令和の結婚観は、世間体や性別役割にとらわれず、「互いに自立した個人が、生活のリスクや負担を分散し、心地よく過ごすためのパートナーシップ」へとシフトしている。
ニュース記事では男性の年収が低いから結婚できないと書かれていた。多分、これは都会で生活している若い男性ではないかと私は思っている。地方の男性は経済的な理由ではなく若い女性との出会いがないという理由が多い。
どんな理由であれ、恋は盲目である。そんな女性と出逢えば自然と結婚を考え始める。お金はその後に付いてくる。女性との出会いは男性が積極的に女性にアプローチをしない限り生まれない。アプローチした女性に振られた回数が多ければ多いほど自分に合う女性に出会うチャンスが増える。
昭和時代は適齢期に近づくと回りからお見合いの話、近所の世話好きなおばちゃんやおばあちゃんが登場してくる。それが嫌で都会でひとり暮らしをする。私の妻は私と出会う前に10回以上お見合いをしていた。私はダークホースで後ろから突如現れて彼女を奪ってしまった。
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結論:
少子高齢化は来るべくして来た。若い女性を労働者として取り入れて結婚しても働かせるから子どもを作って専業主婦と母親にしてやれない。労働者と母親の二役をやるのは大変。子どもは一人で十分となる。複数人の子どもを育てる精神的、肉体的な余裕がないのは明らか。
専業主婦であっても複数人の子どもを育てるのは大変。その上に会社員として働くのはさらに大変である。長男の妻は会社勤めをしながら3人の子どもを育てている。当然、夫である長男も家事を手伝う。とても、母親だけでは回らない。