高校の同窓会を開催するという連絡ハガキがまた来た。高校時代、私は信頼できる友達を作れなかった。それ以上に友達と思っていた人に信頼を裏切られたという経験がある。そのため、卒業した高校に良い印象を持っていない。
過去に一度だけ高校の卒業生全員が集まるイベントに参加したが有意義に話ができたという印象は残っていない。それ以来同窓会には参加していない。今回の同窓会は四国の温泉旅館で開催される。横浜から交通費をかけて一泊二日で参加費を出していく価値はないと思っている。どうしても会いたいという友達も居ないので他人事のような同窓会である。
距離的に近い人や同窓会に関心を持っている人が行けば良い。高校の同級生たちと再会してどうなんだろうかと思っている。身近に思える友達がいない同窓会はつまらない。
目次
高校時代に友達に恵まれた人にとって同窓会は懐かしさを掘り起こす
学校生活は社会生活の縮図である。学校で人間関係を学ぶからだ。私は会社勤めをして知人や同僚を作れたが、友人は作れなかった。人付き合いがうまい人、そうでない人。個人差はあるが、その人の性格による。私は子供の頃から一人で遊ぶことが多かった。それが71歳になっても続いている。
良きパートナー、友人は妻しか居ない。
妻は高校時代を友人たちと楽しんだ経験があるため、同窓会は外したことがない。懐かしい友人たちと会って近況報告のおしゃべりが楽しめるからだ。
同窓会を行う場所で行く、行かないが決まる
中学の同窓会に一度だけ参加した。新宿のホテルで開催された。横浜から新宿は電車ですぐに行ける距離と時間である。集まった人たちは静岡から東京、千葉、神奈川に移り住んでいる人たちであった。静岡からわざわざとやって来た人は居なかった。
二回目の同窓会は静岡になったため、私はそれ以来中学の同窓会に参加していない。私にとって同窓会は関心度があまり強くない。必要以上の時間とお金を費やす価値がない場所であると行かないという判断をする。
同窓会の開催企画は一人では出来ない。必ず、複数人が同窓会をやろう!と意思表示しないと準備が進まない。中学、高校の同窓会はそんな人達がいるから同窓会に参加する、しないのハガキが届く。学校時代の仲良しグループが中心になる。それに外れている人たちは同窓会があろうとなかろうと関係ない。
同窓会に参加する人の中にはちょっと顔を出して、ちょっと会話してすぐに失礼する人もいる。長居して何かを楽しむという感情を持っていない。
同窓会は仲の良い友達たちと他人の近況を知りたいと言う好奇心を満たす
私も仲の良い友達が一人でもいれば、その友人に会うために同窓会に行く。それ以外の関心事はない。全て他人事である。会って意味がある人の近況を知るのは好奇心を高める。ただ、顔を見たことがあるがそれ以上の接点がない人のことは知っても知らなくても意味がない。
昔の友人、知人、同窓生は既に過去の遺物になっている。昔から連絡を取り合っている仲であれば、別に同窓会で会う必要もない。老いて来ると人恋しさが強く出てくる人達がいる。また、その逆もある。その上、次々と他界していく人もいる。誰もが一人になっていく。
過去の懐かしむ事を求める人は同窓会に参加する。
米国の大学卒には大学からアルムナイ(Alumni)雑誌やメールが届く
ワシントン州ベリングハム市にあるWestern Washington Universityで仲の良かった日本人、中国人、アメリカ人、日系人と日本で会うことがあった。それがある意味では同窓会のようなものである。
アルムナイ(Alumni)雑誌(四半期に一度)やメール(毎月1回)届く。卒業生全員に米国の大学から送られてくる。主な目的は卒業した大学への寄付金依頼である。米国の大学は地域に根ざした風土が強い。そのため、地域や卒業生からの寄付金を運営資金の一部にしている。
昨年の秋に日系人の女性姉妹が私と会いたいという連絡が入った。彼女は既に65歳ぐらいであった。若い頃の彼女の写真と比べてその変貌ぶりに驚いた。若い時の顔は日系人女性として非常に魅力的であった。日系ハーフであり、西洋人の風貌が強かった。
多分、相手も私の変貌ぶりに驚いたと思う。70歳の老人の顔と姿である。ただ、違う点は体格が普通の日本人と違ってガッシリしていることぐらいである。お互いに老人になったことを加味しながら近況報告を聞きあった。
海外大学卒の日本人にとって仲の良かった友だちと会うことが同窓会になる。
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結論:
友達がいない同窓会はつまらない。だから、同窓会に参加しない。