いつも同じランチメニューでは栄養バランスが悪くなる。多少価格も考えながらランチの選択肢を考える。洋食、和食、多国籍料理と色々なオプションが浮かんでくる。横浜駅地下1階にジョイナスレストラン街が横浜駅南出口改札の近くにある。多くあるレストランの中でいつも午前11時開店を待って列をなしているお店がある。「ごちとん」と言うお店で豚汁定食が売り。
もう一つ行列ができるお店がある。「三崎市場」と言うお店である。三崎漁港から直接届く新鮮なマグロや魚介類を出している。ランチタイムに時間限定の特別割引プライスの丼が魅力である。
さらに、時間とともに列ができる「大戸屋」のお店がある。今日のランチはこの3つから選択しようと考えていた。選択するうえで考慮したのは栄養バランス、味、価格の3つであるが、そこに自分の嗜好が入る。3店での価格は1000円から1500円の範囲。一般大衆向けのお店になる。
栄養バランスと味はタンパク質をどれだけランチで摂取できるかと自分の味覚を満足させるかになる。筋トレを趣味にしていると1日に取るタンパク質の量を気にし始める。私が意識するタンパク質の量は1日100グラム以上である。ランチで30グラム以上のタンパク質量を取れるかどうかも決断の要素になる。
最終的に今日のランチはこれにした。
70歳を境に仕事を辞めて引退生活に入るシニア男性が多い。私もその一人である。自営業者であるが、仕事は趣味程度に落としている。別に仕事をやらなくても良い。インターネットの仕事がやって来ればやる。なければ、やらない。仕事に縛られない生活をしている。
誰もが私のような老後の生活をしているとは思わない。今の老後の生活はその人の人生の結果を表している。老後にお金で困らない 金融資産防衛を意識して生きて来たかである。老後の生活環境を予期して準備してきたシニアはお金で困らない。
昭和世代のシニアは学校でお金について教育を受けてこなかった。社会で働いて稼ぎ始めてお金の貯め方、使い方、運用方法を体で学ぶしか無かった。つまり、自分でお金の使い方、稼ぎ方、増やし方、貯め方を意識して学んできたかどうかで今の自分がある。

米国の大学に留学していた時、仕送りされていたお金をできるだけ節約するために色々なことした。留学生のための奨学金の取得、キャンパス内外でのアルバイト、3ヶ月間の夏休みに帰国しないで旅費を節約し米国のホームステイーサービスを活用し米国を旅した。お金を意識した生活を経験した。
帰国後、就職して始めて給与を頂いた時に考えた。毎月ちょっとづつ積立預金をしようと。月3万円ぐらいの積立定期を作っていた。高度成長時代であったので毎年給与は上がっていった。3年毎に転職して給与が高い会社で働いた。
最初の会社で持株制度があったのでそれもやった。その会社が上場して所有していた株が大きな金融資産に生まれ変わった。ここで株式でお金を運用することを学んだ。転職する度にその会社の持株制度を利用して金融資産を増やしていった。
実生活でお金について学んだ。仕事は忙しいのでお金を使う機会があまりなかった。デートをし始めてお金が出ていった。

人生で何にお金を使ったかで持っているお金が生きたり、死んだりする。
仕事でいつも利用するカフェでの出来事である。コーヒーを注文する列に並んでいたら列の横にあるフード陳列を見ていた70歳代のシニア男性が居た。彼の立ち位置が列に並んでいるように見えた。注文の順番が来たのだが、彼が私の後に並ぼうとしたが、私は彼に優先権が有るのではないかと思い先に注文をさせてあげた。その時、「どうぞ、お先に!」と促した。

別にそのようなことをしなければならない状況ではなかったが、一呼吸を置いた余裕ある気持ちを優先した。相手のシニアもスマイルで返答してくれた。お互いに気分は良い。老後の生活ではこんな精神的な余裕を味わいたい。
物価高騰の毎日で気持ちが変に落ち着かない。別に金銭的に困らないが意識的に気分を落ち着かせない生活環境になってきている。気持ち次第で気分は相当変わるのだが。
横浜の街中を歩いていると気短になる瞬間が有る。こんな経験がないだろうか。
年金の有難みを今感じている。年金収入だけで食べて行けるからだ。貯蓄があっても無くても最低限食べていけるし、衣食住は満たされる。70歳を過ぎてこの世にいられる時間が10年から20年ぐらいと推測できるとお金に対する欲求も物欲も消えていく。
年齢がまだ20歳代だったら、こんな事を感じていないだろう。欲しい物だらけだ。物欲は強く、性的な欲求はピークになる。そんな時お金は必須である。沢山のお金が欲しくなる。人生の終わりを考えることもない。エネルギーが沢山あり、やりたい事が湧いて出てくる。
70歳を過ぎるともう若者ではないことを鏡の中の自分を見て悟る。髪の毛が少なくなり、髪の毛の色が黒から白に変わり、こめかみに目立つシミができる。頬や目の下がシワであふれる。自分の手で顔のシワを伸ばせば、顔が一瞬若い頃の自分の顔に戻る。
20年前の家内の写真を見たら、今とは違う若い美人に見えた。老いると風貌の違いが若い頃の写真と比べて目立つ。これが本当に自分の顔かと。心はまだ20歳代なのだが。風貌は老人になっている。
街なかを歩く若い女性たちを見ると全員が美しく、魅力的に感じる。若さは美貌である。

この女性はモデルだが、同じモデルでも老いてきているモデルと比較すると若さが美貌であることが分かる。

60代の妻は歩いている若い男性たちを見て楽しんでいる。若さは魅力である。
世間の常識、モノの捉え方、考え方、感じ方を自分なりに判断して71年間生きてきた。最近、この考え方を変え始めた。後、生きていいられる時間は長くても20年ぐらいではと思うと世間の常識にとらわれないで、自分が思った事、やりたい事、好きな事の感覚で生活を送り始めた。
筋トレのメニューにスクワットがある。スクワットは伸びがあるズボンやショーツでないと動きが悪い。そこで下半身のお尻、足に張り付いて伸び縮みするレギンスを履くことにした。男性用のレギンスには好みのスタイルがなかったので女性用のレギンスを探した。こんなレギンスである。

男性の体型は女性とは違うのだが、お尻や足にピッタリ張り付いで伸び縮みするレギンスであるので着る上で性別で違いがない。違いは見る人がそれは女性用のものだという感じ方である。私はその考え方を十分承知であるが、自分の都合と好みを優先している。スクワットをする上では何も不自由をしない。むしろ、やりやすい。
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